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魚には骨があったほうがいいの?ないほうがいいの? 「食品学」担当 猪上 徳雄 教授 |
コラム No.13 2008年10月 |
魚には、普通骨があります(図1)。それにも関わらず「骨なし魚」が市販されて、普及しています(図2)。2006年度で200億円の市場規模にまで成長しています。海で魚がフィレーのまま泳いでいると思っている子供がいる時代だからなのでしょうか。魚には、骨があるのですが、ないほうがいいのでしょうか。早速調べることにしました。これが今回のテーマです。立場によってどちらを選択することになるのでしょうか。
<図1.さんまの横断模式図> <図2.骨なし魚(さんま)の横断模式図>
●1.骨なし魚の普及
骨のない状態で魚の肉を利用する加工品には、以前からしめさば、かつお節、なまり節および魚肉を利用したかまぼこや魚肉ソーセージなどがあります。最近急速に普及してきているのは、魚からあらかじめ骨を除いて、外観を魚のようにみせかけている「骨なし魚」と呼ばれるものです。魚には骨があって食べにくい、という声に応えて造りだされたものです。1998年頃から、冷凍加工品として一般に販売されています。図3に骨なし魚の製造工程の概略を示します。
<図3.骨なし魚の製造工程(尾頭付)>
たいへん手間のかかる作業ですので、魚本来の高鮮度を保つためには品温の上昇を抑え、特に小骨の除去工程は5分程度で行う必要があります。製造の一連の作業工程は低温室で行う必要もあります。一度包丁を入れた後は、水を使わずに短時間で処理を行うなどたいへん高度な衛生管理が求められます。
小骨を除去した魚を元の形に戻すためには肉を元どおりに接着しなければなりません。このとき使用する結着剤には酵素製剤、乳たんぱく質、魚ゼラチン、卵白、とうもろこし粉などの食品添加物や天然素材を用いています。「骨なし魚」は料理のしやすさや食べやすさのため、一般家庭にも普及してきています。外国人の安い人件費に支えられ、日本人総中流を越えて総貴族の生活になりかねません。さらに、利便性さが受けて病院食、産業給食、学校給食、惣菜、弁当さらにはホテルやレストランにも広く普及しています。主な魚種として、あじ、いわし、いしもち、かれい、かんぱち、きす、さけ、さば、さわら、たい、たち、たら、ほっけ、ぶり、めばるなどがあります。
しかし、一本でも小骨が残っていたらクレームとなるのでしょうか。
●2.骨ごと食す魚の普及
骨まで食べることのできる加工食品といえば、加熱殺菌した缶詰が思い浮かびます。加熱殺菌を行う目的は、食品を腐敗させたり食中毒の原因となる微生物を殺すことです。この殺菌条件が高温(120~130℃)であるため、魚の骨も同時に軟らかくなります。したがって、魚の缶詰・レトルト食品の特徴は、骨までそのまま食べることができることです。いわし、さば、さんまの缶詰では、カルシウムとリンのよい供給源となります(表1)。さらに、熱に強い脂溶性ビタミン類(ビタミンA、D、Eなど)の損失も少なく、イコサペンタエン酸(IPA)やドコサヘキサエン酸(DHA)なども熱に強いので、缶汁にたっぷり含まれます(表1)。かつお、まぐろ類では脂質中のDHA含有量は多いのですが、赤身中の脂質含有量が少ないので摂取するDHA量としては、少なくなります(表1の*4)。
そして、缶詰は高齢者や嚥下(えんげ)困難者用のユニバーサルデザインフード(介護食)、さらには小骨があることで魚嫌いの子供や学校給食など利用価値が高い食品といえます。しかし、どういう訳か、魚の缶詰はあまり人気がありません。
缶詰以外にも、「骨なし魚」の逆発想を元に、内臓を除去した骨付き魚に高圧をかけて調理し、魚を丸ごと食べることができるようにした加工品も出回っています。こちらは、水産加工会社も骨があることを強調することで、販売促進に力を入れています。家庭でも圧力釜を利用して骨まで柔らかくすることは簡単にできるのですが、忙しくて時間がない、手間がかかりそうと思い込んでしまいがちです。
<表1.五訂増補日本食品分析表にみるカルシウム、リン、脂質、IPAおよびDHAの含有量>
●3.骨あり魚について
「骨なし魚」が世の中に供給されてきたために、普通の魚を「骨あり魚」などとわざわざ断って呼ばなければならなくなりました。これでいいのでしょうか。骨なし魚が普通だと思っている子供のために、このように呼ばなければならないとしたら悲しいことです。鮮度のいい魚が、一番安心できる食べ物だと思うのですが?
骨あり魚では骨を食べないので、生の魚肉のカルシウム摂取量とほぼ同じといえます。ただ、調理による水分量変化にともなう含量の違いが生じます。そして、骨なし魚からのカルシウム摂取量もこれらとほとんど同じと考えることができます。かつお、まぐろ類では魚体が大きいため骨の部分は缶詰にしないので、カルシウム含有量は少ないのです(表1)。
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●4.どちらを選べばいいのでしょうか
賛否両論があるのは当然で、どちらにも言い分はあります。どれくらい上手に使い分けることができるかにかかってきます。決めるのは消費者自身です。
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「魚には骨があり、サンマなどの塩ふり焼きは頭から骨のまま食べるのが普通と思っていた。」これが筆者のイメージなのです。骨なし魚を食べていた人が、大人になってほんとうに魚を上手に骨ごと食べることができるようになるかどうかたいへん疑問に思っています。
子供には魚を食べさせたいので、骨を取り除いたりしてやったりする細心の注意が必要です。その点、骨なし魚は安心できます。大人になったら魚の骨をきれいに取り除いて食べられる人になってほしいものです。「時期を見て骨のある魚を食べさせます。」という声は聞こえますが、ほんとうにそうなるかどうかは別問題です。何より、生ごみが少しでも少なくなるのがうれしい。
もちろんその他の家族は、骨のついた焼き魚を骨ごと食べるか、ていねいに骨を除いて食べることです。骨ごと食べることができる缶詰がそれほど利用頻度が高くないのは、特有の臭みがあるからでしょうか、缶を捨てるのが面倒なのでしょうか。
肉中心の食生活の中で、自分で小骨をていねいに取り除いて食べてくれるように、育っているかどうかです。これは、それぞれの家庭の問題です。忙しくても、利便さに負けないで、文句を聞き流し、普段から手抜きをしないで子育てをしましょう。
骨があるから食べるのは嫌いというのは、偏食にもつながります。でも、何とか魚肉をたんぱく質源として食べさせたい。骨が刺さって、モンスター・ペアレンツからクレームが来るのが怖い。骨なし魚はほんとうに便利です。カルシウムは別の形で摂取できるように考えればよいでしょう。
高齢者を抱える家族や病院などで食事を担当する栄養士 |
幼児のいる家庭と同様に、喉に骨が引っかかるケースを考えて骨なし魚または骨ごと食す魚がいいでしょう。缶詰やそれ以外の新しい形態の骨まで丸ごと食べられるものが、力強い味方になってくれます。
栄養バランスを考えれば、せてめ骨まで食べられる缶詰あるいは骨まで丸ごとスタイルを利用したいものです。
骨付きでそのままのほうが、手間が省けて、鮮度も十分保てます。でも「骨なし魚」は、需要があって売れるから人件費の安い国で加工することになります。
骨はないほうが喉に引っかかる心配がなく、生ごみも出ないので便利です。でも、人間怠け者になります。子供の頃から、魚には骨がないと思ってしまい、教育上好ましくないという声も聞こえます。
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さて、皆さんは、どちらに軍配をあげますか。とても一概に決めつけることはできません。私たちは、食材や食品に関連する事故が報じられるたびに、栄養や安全性のことを考えるのですが、いざ現実となると安さや便利さには勝てなくて、普通の消費者になってしまうものです。実際に利用する働く女性が多いことから考えると、「骨なし魚」の需要がこれからも増え続けることが想像されます。私たちは、それぞれの立場で賢い消費者・利用者とならなければなりません。
<参考文献・資料>
・香川芳子 監修 : 五訂増補日本食品分析表2008,女子栄養大学出版部(2007)
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